「お母さん、お空を馬に乗った騎士様とお星様にのった女の子が飛んでいくよ。」
 エリューシオンにすむ子ども、リオはお母さんにそう告げました。
「何をバカなこと言ってるの。馬も女の子も空を飛んだりすることはできないのよ。」
 だって…といいかけて、リオは口をつぐみました。どうせまた信じてもらえないに決まっているからです。遠い星空の一つ一つは燃える炎の球でリオのすんでいる大地もまた大きなボールのようにまるい球体にちがいない、そうリオは思っていたのですが、「星は暗いカーテンに開いた小さな穴に決まってる。」「地面が丸かったら反対側にすんでいる人たちは落ちてしまうじゃないか。」とみんなに笑われていたからです。


「でも、地面は丸いんだ。だって、水平線の向こうから来る船はマストから見えて来るんだもの。そう考えないとつじつまがあわないよ。あの水平線のずっとずっと向こうには何があるんだろう。それよりもあの遠い星空の向こうはいったいどうなっているんだろう。」
毎晩、リオは手製のほんとうに簡単な望遠鏡をのぞいては遠い夜空の向こうに思いを馳せているのでした。そんなある晩のことでした、リオが馬に乗って空を駆けていく騎士様とお星様に乗った女の子を見つけたのは。

「戻ってこい、このじゃじゃ馬!研究員をぶっ飛ばして遊星板をのっとる女王候補がどこにいる。そこがどんな危険なところかわかっているのか!?」
「いやです!エリューシオンに…私の民に危険が迫っているのに私が行かないで誰が行くんですか!?陛下のご裁可なんて待ってられないわ。聖地でぼやぼやしている間にあの星は確実にエリューシオンに落ちてくるんですよ!」
そうじゃない、どうしてわからない?指導者が前線に飛び出していくことがどんな危険なことか。指導者をうしなったら民は本当に立ち直れない。オスカー様の頭を遠い昔の自分がよぎります。あの時もこうだった。聖地から視察に来た重要人物、今にしてはもはや誰であったかさえわかりはしないけれど、その人物を狙ってのテロ行為があったのです。そして、そのことにいち早く気づいたオスカー様は独断で飛び出していったのでした。
(あの時、自分ならできると思った。自分がやればうまくいくと…中央の指示なんか待てなかった…)
結果、聖地からの視察団は無事でした。しかし、オスカー様は怪我を負い部下を処罰されるという苦い思いをしていたのでした。
 オスカー様はアンジェリークの気持ちが痛いほどわかりながら、その行動のために深く傷つくかも知れない目の前の小さな女の子を思うと止めずにはいられなかったのです。昔の自分とよく似た無鉄砲さと危険さを持つ小さな、本当にまだ小さな女の子を。

 エリューシオンに近づく隕石は本当に巨大な物でした。あちこちに削られた跡や穴がぽっかりと空いていて、この隕石が広い宇宙空間をいろんなものにぶつかりながらとんできたことがわかります。そして、この隕石は最期にぶつかる場所としてアンジェリークのエリューシオンへとまっしぐらに落ちてきたのでした。
(どうしたらいいの?)
アンジェリークは押しつぶされそうな気持ちでした。
(何か…何か方法があるはずよ。この大きな隕石を壊す…ううん、少し横へそらす方法が…)
その時、アンジェリークの手元から歌が聞こえてきました。さっきゼフェル様からいただいたオルゴールです。
(こいつには超小型の原子炉が組み込んであるんだ。)
(あんまりネジを回しすぎると、原子炉がメルトダウンして…)
これよ!アンジェリークは思いました。このオルゴールのネジを最大に回して原子炉をメルトダウンさせれば…アンジェリークがオルゴールに手を伸ばした、その時


「つかまえた!」
アンジェリークの手を大きな手が強い力でつかんでひっぱりました。遊星板から引き落とされたかと思ったとたん、アンジェリークはばさっと厚いマントの中にひきこまれ、見上げるとそこにはオスカー様のおこったようなあわてたような顔がありました。
「なんて無茶なことを…!」
「離して、離してーっ!」
アンジェリークはじたばたと暴れますが、すっぽりと抱きかかえられたままオスカー様の腕はびくともしません。自分の力の弱さにアンジェリークは涙目になります。


「離してくださいっ、このオルゴールを使ってあの隕石の軌道をほんの少しずらせばいいの、そうすればエリューシオンは助かる…今は私にしかできないことなの」

ずきん

 オスカー様の心が痛みます。この娘は命がけで自分の民を守ろうとしている。確かにこの状況で聖地からの指示を待つ時間はありません。
「お願いです、オスカー様。私は女王候補で皆様のお力を借りて育成したりお祈りしたりすることしかできない存在だけど、今のエリューシオンに必要なのは神の祈りでもサクリアでもなくて人の子の私の力なんです。女王候補の立場を捨ててもいい、エリューシオンを助けたいの!」

 オスカー様はアンジェリークからオルゴールを取り上げました。
「貴女は女王候補です。貴女が危険に身をさらすことは許されません。」
そして、絶望的な表情のアンジェリークに言いました。
「どうか、ご命令を。『炎の守護聖オスカーよ、行ってあの災厄を止めよ』と…!」

 エリューシオンの空が夜だというのにまぶしく輝きました。
 そして、エリューシオンの少年リオは見たのです。満天の星空の中、漆黒の空間で何かが激しく輝いたかと思うと、無数の流れ星が降ってくるのを。ちょうどそれは、さっき馬に乗った騎士様と星に乗った女の子が向かっていった方向でした。
 大陸の人々は大騒ぎでした。雨のように降る流れ星が空いっぱいに降っていくのです。夜空は黒いカーテンで、星々はそのカーテンに開いた穴だと思っていた人々は夜のカーテンが切り裂かれると思ったのでしょう。
 あわてふためく人々の中で、リオは流れ星を追いました。そして、星が落ちたと思われる砂の中に黒くて重たい小さな石を拾ったのです。それはあの隕石のかけらでした。砕け散った隕石のかけらの中で比較的大きかったそのかけらは惑星の大気で燃え尽きることなくエリューシオンの大陸に落ちたのです。
 リオはそのかけらを拾うと高く空にかざしました。
「…やっぱり、星は石や岩や大地でできているんだ…落ちてきたこの石がその証拠なんだ。誰が信じなくても星はその一つ一つが大きな大地でできてたんだ、僕たちの大陸と同じ…!」
 エリューシオンを破壊するはずだった巨大な隕石。それは、もはや大陸を破壊する星ではありませんでした。後に神官としてエリューシオンを導くことになる少年リオの心をてらす真実の星となったのです。

 気がつくと、そこはエリューシオンの大地でした。アンジェリークは何があったのか精一杯思い出そうとしました。
 あの時、オスカー様がぎりぎりまでネジを巻いたオルゴールは焼け付くような熱さとなり、それを思い切り隕石の方へ向かって投げつけたのです。慣性の力でスピードを緩めることなくオルゴールは隕石とぶつかり、メルトダウンしたオルゴールは小さな核弾頭となって隕石を…ほんのちょっぴり破壊しました。ですが、隕石がその軌道をかえるには充分すぎる力でした。隕石の砕けた一部は流れ星となってエリューシオンに降り注ぎ、燃え尽きていきました。そして、その閃光を浴びてアンジェリークは気を失ったのです。気を失う寸前、誰かの広い胸が自分をかばっていたいたような気がします。


「気がついたようだな。」
 がばっと起きると、目の前にオスカー様が腰を下ろしていました。
「まったく、とんでもない女王候補もいたもんだ。俺は未だかつてこんな泥まみれになったはねっかえりの女王を見たことも聞いたこともない。」
さっきの騎士の礼はどこへやら、またしても憎まれ口を叩くオスカー様でしたが

 

「オスカー様こそハンサムなお顔が台なし!」

 

 

 

 

 アンジェリークはオスカー様を指さすと、人を指さすというのはあまり感心したお行儀ではありませんが、ケラケラと笑うのでした。
 エリューシオンの大地、私の守った、私の守るべき大地。アンジェリークは晴れ晴れとした笑い声にいつしかオスカー様も大声で笑いはじめていました。
 エリューシオンの夜は明け、どこまでも青い空が広がっています。

 

 

 

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