「なんだかすごい音が聞こえたんですけど…」
聖殿の廊下を一緒に歩いていたルヴァ様にアンジェリークはおそるおそる声をかけました。
「あの爆発音、またやりましたね〜〜ゼフェル〜〜〜!」
ふだんおよそ走ると言うことのないルヴァ様がめずらしく急ぎ足でゼフェル様の執務室に向かいます。
「大丈夫ですか、ゼフェル〜〜」
鋼の守護聖の執務室の重い金属の扉がぎぎーっと開いて、あふれ出した煙の中からゆらりと人影が現れました。
「…どーってことねぇよ…ちょっと火薬の量をまちがえただけだ。」
「な…なにかまた物騒なものを作ってるんじゃないでしょうね〜」
オロオロするルヴァ様を無視してゼフェル様はアンジェリークに目をやりました。
「なんだ、またおめーかよ。今日も育成のお願いか?この間から連日じゃねーか。」
それを聞いて、おや、先日のオスカーのアドバイスをさっそく実行してるんですねーとちょっと感心した顔でルヴァ様はそれじゃ、わたしはこれでと席を外すことにしました。育成の依頼というのはあまり他の人が同席しているところでは行わないのが聖地でのしきたりです。
「ちょーどよかったぜ、大陸の様子も聞きたいし、ちょっとおもしれーもんつくったんだ。おめーにやるよ。」
先ほどの爆発を思い出してちょっとどきっとしたアンジェリークでしたが、もともと好奇心の強い方ですしいったい何が出てくるのかわくわくしながらゼフェル様の執務室にはいっていきました。
(こんな風にゼフェル様とお話するようになるとは思わなかったわ。)
これまでなんだかこわそうで取っつきにくい印象だったゼフェル様でしたが、何回か育成を頼んでいるうちにだんだん話も合ってきてときどき発明品なんかを見せてもらったりするようになったのでした。
ゼフェル様の執務室はあっちこっち実験の道具が雑然と散らばっているように見えますが、本人に言わせると決まった場所においてあるらしく以前片づけようとしたら、どこにおいてあるかわからなくなるとおこられたことがありました。他人から見たらわからなくても本人にとってはきちんとしているのかもしれません。いまだってゼフェル様はアンジェリークを招き入れておきながら、アンジェリークに背を向けてなにやらいじりながら話を続けるというだいへんぶっきらぼうな態度です。
「で、おめーの大陸エリューシオンのようすはどうなんだ?」
「はい、以前より収穫できる穀物の量は減ったんですが、その分、作物の育て方を工夫したり道具を発明したりして食べる分はちゃんと確保できるようになりました。最近では軽工業も発達してきたんですよ。」
「不足は望みをうむからな。苦労しないで物が手に入りすぎるとダメだったりするんだよ。まぁ程度問題だけどさ。俺もあんまり物がないとこでやりくりしてたからなんとなくわかるんだ。」
アンジェリークの心の中にふとオスカー様のことが浮かびました。ほしがるままに与えるだけじゃだめなんだ、民自身の中から何かが足りない、向上したいとおもえるようにすることもまた大切なことなんだ、オスカー様はそうおっしゃりたかったのかもしれない、とアンジェリークは思うのでした。それに育成を頼むようになってからいろいろな守護聖様とも親しくなれました。あれ以来気まずくなっているオスカー様をのぞいては。
「そーだ。これをおめーにやるつもりだったんだ。オルゴールなんだけどよ。これがまたすぐれモンなんだ。いい音だろ、ねじ巻かなくても鳴り続けるんだぜ。」
「すごいですねー、でもどうしてねじを巻かなくても鳴り続けるんですか?」
よくぞ聞いてくれた、とゼフェル様はますます得意げです。
「超小型の原子炉を組み込んであるんだ。だから、酸素なんかなくったっていいんだぜ。海底でも宇宙空間でも鳴り続けるんだ。もちろんねじもついてるけどよ、あんまり回しすぎると原子炉がメルトダウンしてヤバイから気をつけろよ。」
空気のない宇宙空間で音が果たして聞こえるのかどうか、手巻きのゼンマイで充分な気もしますがそこがゼフェル様のこだわりなのかもしれません。感心していいのかどうかまよっているとなにやらどーんと押し殺したような雰囲気が迫ってきました。
「何を物騒なものを作ってるんだ!お前は!」
二人の頭上からオスカー様の怒鳴り声がひびいて、ゼフェル様の頭にごーんとぐーパンチがおちてきました。
「てーっ!なにしやがる!」
「何を言ってる。さっきの爆発音は何だ!こともあろうにこの聖殿で!テロリストがちょっかいでもかけてきたかと思ったぞ!」
「そんなことあるわけないだろ、ここは外界から隔絶された聖地だぜ。」
「外界から隔絶?しょっちゅう抜け出しているくせに、そんなことを言う口はこの口かーっ!」
ぎりぎりぎり〜とゼフェル様の口を引き延ばし、
「大体、聖地だからってテロがないなんて大間違いだ。現に…」
そこまで言って、オスカー様はふと口をつぐみました。二人のやりとりを見ていたアンジェリークは一瞬変わったオスカー様の表情にあれ?とおもったのですが、アンジェリークのその表情に気づいたオスカー様が話を変えようとしたのか、声をかけてきました。
「よぉ、お嬢ちゃん。育成の依頼か。」
「…え、ええ、でももうすみましたから…それじゃゼフェル様、私はこれで。」
そそくさとゼフェル様の執務室を出ようとするアンジェリークの後に続き、これ以上長居も無用とオスカー様も部屋をでました。
(こまったなぁ…なんか、気まずいのよね…。とはいうものの、オスカー様のアドバイスのおかげで育成が軌道に乗ってきたのは間違いないんだし…)
「あの…」
と、アンジェリークが声をかける前にオスカー様の方から
「頑張ってるみたいじゃないか。」
と、声をかけてきました。
「は…はい、ありがとうございます。オスカー様の…おかげです。(ごにょごにょ…)」
いつもの元気印のアンジェリークとは思えないなんだか歯切れの悪い返事です。本当はもっとしっかりお礼が言いたいのに、妙な苦手意識がでてしまうとなかなか勇気が出ないのでした。オスカー様の方もなんだかばつの悪そうな表情です。
(この間はさすがに言い過ぎたからな…男と違って女の子は感情的につまづくとなかなか素直になれないもんだし…)
女性の扱いは聖地一といわれるオスカー様もいつもの調子が全く出ません。気まずいとか気に入らないとかいうのはその実相手のことをとても意識しているからで、なにかきっかけさえあれば関係は良くも悪くも転がっていったりするものです。まぁ、こじれるとなかなかうまく気持ちをほどくことができないものですが、そのくせ、相手のことが気になるものだから一定の距離を離すでなく歩み寄るでなく…
「あの…どちらに行かれるんですか。」
「王立研究院だ。お嬢ちゃんたちの大陸の様子をみせてもらおうとおもってな。」
げげーっとアンジェリークは心の中でおもいました。
(なによ、またチェック入れる気?ああ、また嫌みの一つも言われそうでやだなぁ…なんて、思いながら、あとでうだうだ言われるくらいなら一緒に行ってその場で自分の育成についてはっきり言ってやらなくっちゃ!)
アンジェリークの思惑はさておき、とにかく二人は王立研究院にむかったのでした。
王立研究院に入るとなにやら職員の人たちがあわただしく動き回っていました。王立研究院の職員の方たちはいつも忙しそうですが、今回はちょっと違いました。
「何かあったのか?」
何かあったと気づいたオスカー様が尋ねると、
「はい、すぐにご報告しようと思っていたのですが、じつは試験を行っている惑星にかなり巨大な隕石がむかっているんです。まったくのイレギュラーです。このままの軌道だとエリューシオンの人口密集地に落下してかなりの被害が予想されます。」
「うそ…!」
アンジェリークは言葉もありません。研究院の中央ホールににひろがったスクリーンにはアンジェリークが育てている大陸エリューシオンが、そしてそのエリューシオンに向かって飛来する巨大な隕石の姿が映し出されていました。
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