ここは飛空都市。いつも穏やかな天候に恵まれて今日もいいお天気です。それもそのはず、飛空都市は女王試験のために作られた人工の衛星ですから。さて、その飛空都市に今日も小さな台風のような天使が走り回っているのでした。

「きゃあぁぁぁぁぁ〜!間に合わない!」
 空飛ぶ都市でまるで飛ぶかの勢いで走っているのが女王候補の一人アンジェリーク。金の髪に赤いリボンが大きく揺れています。
「…金の髪のお嬢ちゃんはまた走り回っているみたいだな。」
 そんなアンジェリークの様子を窓から見ているのが炎の守護聖オスカー様。「強さ」を司るその力、サクリアを現したかのような燃えるような赤い髪に騎士風の執務服。その鋭い瞳の色は氷のような薄い青色です。


「あー、あの方向だと王立研究院ですね。 多分、大陸の様子を視察に行くんでしょう。」
 答えたのは「知恵」と司る地の守護聖ルヴァ様。おっとりとした様子で王立研究院から送られてきたデータに目を通しています。
「…お嬢ちゃんの大陸はどのくらい発展しているんだ?」
「それがですねー、思ったより発展が遅れているんですよ。彼女の育成は、その、なんというか要領が悪いというか、一貫性がないんですね。昨日は光、翌日は闇、今のところ緑のサクリアが不必要なくらい多いようですね。」
「王立研究院には足げしく通ってるみたいだが…」
「民との親密度は相当上がっていますよ。」
「だが、肝心の育成がこれではな。」
 ルヴァさまの広げているデータをのぞきながら、オスカー様はつまらなさそうにつぶやきました。
「アンジェリークなら王立研究院のかえりにここに立ち寄りますよ。視察のあとにはここに育成の相談に来るのがいつもの習慣ですからね。」
「育成のお願いじゃなくて相談か?まったくあのお嬢ちゃんは試験の進め方がわかってるのか?」
「そんなに気になるんでしたら、オスカー、このままここでお茶でも飲んで彼女が来るのを待ってはどうです。たまには貴方からのアドバイスも彼女には有効でしょうし。」
 何とも気の長い話だ、といった表情でオスカー様は小さくため息をついたのでした。

「こんにちわ、ルヴァ様。」
 アンジェリークがルヴァ様の執務室を訪れたのはもう日も傾いたころでした。いい加減尻に根が張りそうだ、と言った表情のオスカー様がゆっくりと立ち上がったのに気づいてアンジェリークはぺこりと頭を下げました。
「こんにちわ、オスカー様。偶然ですね。」
「こんばんわの聞き間違いかな、お嬢ちゃん。ついでに言うと偶然じゃなくてお嬢ちゃんを待ってたんだ。待ちすぎて腹の中が茶で一杯になっちまったぜ。どうだ?今日は 俺と少しお話ししないか?」
きょとんと緑色の目を大きく見開いているアンジェリークにルヴァ様が
「あー、そうですねー、視察で大陸の最新の情報も手に入ったでしょうし、今日はひとつオスカーから指導をうけるというのもいいかもしれませんよー。」
というと、お茶でも入れてきますねと席を立ちました。また、茶かと言いかけようとしたオスカー様はいまはそれどころじゃないとアンジェリークの方を振り返るのでした。
「それじゃ、大陸の様子を聞かせてもらおうかな。」
「あ、はい、大陸ではいま実りの季節を迎えて豊かさをもたらす緑のサクリアが求められています。やっぱりたくさん収穫があるといいですもんね。」
「緑のサクリアはもう充分すぎるほどたまっているぜ。これ以上は大陸が受け付けないだろう。それより器用さをもたらす鋼の力が不足しているようだが。」
「それは…でも民が望んでいますから。」
「おいおい、まさかお嬢ちゃんは民が望んだままに育成してるんじゃないだろうな。」

「え?だって…民も喜びますし…」
「お嬢ちゃん、俺たちは民の導き手だ。導き手というのは、将来民がどのように育っていくか見定めて力を注ぐもんだろう。」
「…私の育成…ダメなんででしょうか…」
おずおずと聞くアンジェリークに、
「ははーん、お嬢ちゃんは育成に自信がないんだろう。自分に自信がないから 『民の望み』に振り回されるんだ。王立研究院に足げしく通うのはいいが、その分育成に回す余力がなくなってるんじゃ話にならん。現に今日は育成が全然できなかっただろう。民の望みを聞くのもいいが、俺たちは民の導き手だ。民とお友達感覚では困る。みろ、すっかり甘えちまってろくに収穫のための努力もしないで実りばかり望んでいる。」

「大体、お嬢ちゃんはどういう風に大陸を育成するつもりなんだ?」
 一気にまくしたてられてアンジェリークはまさにぐうの音も出ない状態。そこに今度は質問が投げかけられてますます焦ってきます。いつもの優しいルヴァ様のお話と違ってこてんぱんにダメだしされてどうしようと思った瞬間、アンジェリークは見たのです。目の前の背の高い高いオスカー様がまさに自分を見下したように、はっと小さく息を吐いたのを。もともと飛空都市を走り回る元気なアンジェリークですから負けん気は人一倍です。何か答えなくてはと顔を真っ赤にして考えを巡らします。
「…大陸の人が明るく元気で幸せに暮らせればいいと思います!」
意を決してアンジェリークが叫びます。
「そのために民には愛情をもって接し情熱を持って取り組むことが大事だと思います!」
これだけ言い切るのにすっかり疲れてぜぇぜぇ息をしていると、ルヴァ様がお茶を持って戻ってきました。
「至言といえるでしょうねー。」
地獄に仏。ルヴァ様の助け船にアンジェリークがほっとしたのもつかの間、鬼のようなオスカー様の言葉が叩きかえってきます。
「民の幸せ?それはとんでもない暴君でない限りどんなダメ王でも思う最低限の希望だろう。愛情と情熱、それは最低ラインだ。それさえない者は導き手なんて無理だ。いいか、民の幸せを願うのもいいだろう、だが願うだけなら誰だってできる。導き手に必要なのはそのために具体的に何ができるか、どう結果を出せるかだ。」
結果を出せない私は導き手として失格ってこと? アンジェリークはぺしゃんこです。
(く…くやしいーっ!何が悔しいって全く持ってその通りだから反論できないことよ!)
顔を真っ赤にして悔しがるアンジェと突き放した顔のオスカー様ににルヴァ様が割って入ります。
「あ、あのー、大分頭がいっぱいになっちゃったようですし今日はもう特別寮に帰って休んだ方がいいですよ。オスカーもそんなに一気にまくし立てたら女王候補だってやる気をなくしちゃうでしょう?私たちだって女王候補たちの導き手なんですからねー。」

 アンジェリークが退室したあと、オスカー様もルヴァ様の執務室をあとにしました。そのままお屋敷に帰ろうとするオスカー様にルヴァ様が声をかけます。
「貴方らしくもない。随分厳しいことを彼女に言ったものですねー。」
「…そうか…?そうだったかな?」
「はい、男性に接している時のように厳しいです。貴方はいつも他の女性には優しい言 葉をかけているじゃないですか。あれじゃかわいそうですよ。」
 それを聞いてオスカー様はちょっとむっとしたようです。
「本当にかわいそうなのは力もないのに任をまかされることだ。能力がないなら、それ でもやろうという意志がないなら今ここで試験を放棄した方が本人のためだ。」
 オスカー様が男の方に厳しいのは王立宇宙軍を任されているからです。軍人は一つのミスが命取りです。だから軍の人たちには厳しく接しているのですが、オスカーさまには他になにか思い出すところがあるんでしょうか。すこし遠い目になっています。
「まぁ、貴方が彼女を男性と同じように 扱っているというのは、彼女を女王候 補と認めているからだというのはわか りますが…せっかちな貴方がこんな時 間まで彼女を待っていたなんて随分彼 女のことが気にいってるんですねー。」
 ルヴァ様と比べたらだれだってせっかちだと思うのですが、確かにこんな遅くまでアンジェリークを待ち続けルヴァ様のお茶を飲み続けるのは大変根気のいることです。
しかし、オスカー様は
「気に入ってるんじゃない…」
と、つぶやくと、ぷいとそっぽを向き
「気にいらないんだ。」
そう言いはなってまた遠くを見つめているのでした。

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