紅の結鎖 8

「オスカーさま…泣いていらっしゃるの?」
ふいに声をかけられオスカーはうろたえた。アンジェリークの目がうっすらと開いてオスカーを見つめる。
「気がついたのか。…頬はまだ痛むか?すまなかった。」
目をそらせて立ち去ろうとするオスカーにアンジェリークは取りすがる。
「まって…!どこへ行くつもりなの。この間から私のことずっと避けて…嫌なの、もうこんなのは嫌。」
「アンジェリーク」
このまま彼女を抱きしめたら、きっともう離せなくなる。体は既に鉛のように重く、燃えるように熱い。いまはまだなんとか保っている理性がいつふっとぶか…。
「離して…くれないか。」
「いやよ、手を離したら貴方はどこかへ行ってしまう。そんな気がする。どこかに行くというのなら、私も連れて行って。」
「だめだ!」
オスカーの叫ぶ声にアンジェリークはびくっと身を震わせる。
「…さっきの俺を見ただろう。このまま君の側にいたら…いや、そばに近づかないようにしていても、引き寄せられるようにまた君を襲う。以前、惑星ティラントで血を吸われた。それからだ。何かが俺の中で変わっていって、今こうしている間にも頭の中が真っ赤になりそうになる。君のその首筋に牙を立てて、その血を吸い尽くしたいと……すまん、怖がらせた。心配しなくても次の朝が来ればそれも終わる。」
「朝が来たら…」
どうなるのと聞くこともできずアンジェリークはオスカーを見つめる。
「もう君の知っている俺じゃないのかも知れない。俺は……」
「オスカーさまだわ。」
きっぱりと答えるアンジェリークにオスカーははっとなる。アンジェリークはオスカーの胸元に手を伸ばすと軍服のファスナーをおろす。そのまま服の中に手をいれると一気に胸元をはだけた。さすがのオスカーも驚きを隠せなかったが、アンジェリークはお構いなしにオスカーの胸に顔を埋める。


「………心臓の音がする……いつもと同じ………」
「アンジェリーク…」
「私の血が吸いたいなんてまるで吸血鬼みたい。でも吸血鬼でも守護聖でもオスカーさまはオスカーさまだもの。具合が悪いの…?苦しいの…?私の血が欲しいの…?だったらあげる。全部あげる。そうすればオスカーさまは苦しくなくなるんでしょう?」
「だめだ。俺に血を吸われたら二度と光の中には出られない。君の愛した光も花もすべて失う。君は女王で…、俺の一番大切な女だ。」
「オスカーさまがいないなら、光も花も何もいらない、いらないの。」
アンジェリークはオスカーの背に手をまわすと細い腕で強く抱きしめた。こんなに近くに、自分の腕の中に彼女がいる。しかし、さっきのようにアンジェリークを襲う衝動はわいてこない。凶暴な獣はなりをひそめ、オスカーの頭の中の赤い霧が少しずつ晴れていくようだった。
「私ね、オスカーさまの心臓の音を聞くのが好きよ。こうして、オスカーさまの胸にくっついているのも好き。今は熱が高いみたいだけど、いつもあったかくて気持ちいい。知らないでしょう。オスカーさまってお顔には出さないけど、時々すごくドキドキが速くなるのよ。今だってそう。いつもよりちょっとドキドキしてる。もしかして私のことでドキドキしてくれてるの?って思うとすごくうれしくなる。オスカーさまのこと好きよ、大好き。オスカーさまのためなら私なんだってできるわ。何だってなれる。女王様にまでなっちゃったんだもの。」
アンジェリークはくすくすといたずらっぽく笑うと、オスカーの目をまっすぐ見つめてこう言った。

「あなたが人とはちがうものになったというのなら、どうか私もあなたと同じものにして…!」

夜は白みはじめていた。


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