紅の結鎖 6

月明かりの中、女王宮のバルコニーにアンジェリークは一人佇んでいた。肩が大きくひらいた柔らかな夜着に身を包み、風よけのショールだけをまとわせている。月はアンジェリークの細い首筋を白くてらし、胸を痛める天使の姿を柔らかな光に映し出す。オスカーの執務室に向かわせたというゼフェルやエルンストからは何の報告もない。ロザリアに催促しても、言葉を濁してかわされてしまう。
「…オスカーさま…」
昨日から何度その名を呼んだことだろう。自分のことを何か怒っていてもかまわない、いっそその方がどれだけましだろう。何かがオスカーの身に起こっている。どうして自分には何も言ってくれないのだろう。いつもいつもだ。あの人は大変なことがあっても全部自分で抱え込んでしまう。強さを司るそのサクリアの属性にも似て、決して弱さを見せない人。でも、本当はとても傷つきやすい人。もどかしいほどの切なさと愛しさを感じながら、アンジェリークはオスカーの身を案じ続けていた。

がさっ

ふいにバルコニーの下から木の幹が揺れる音がする。風はない。女王宮は女王の私邸だ。何人たりとも女王の許可なく立ち入ることはできないはず、厳重な警備体制がひかれその先頭に立つのは…
「…オスカー…さま…?」
梢の中に人影が浮かぶ。忠誠を表す白い軍服。がっしりとした体格の炎の守護聖。だが、その氷蒼の瞳はは夜目にもぎらぎらと妖しく光り、アンジェリークを見つめている。
「オスカーさまですね!ご自宅にも帰ってらっしゃらないし、なのにこんな所まで来て体の方は大丈夫なんですか?正門からいらっしゃればお迎えに…」
アンジェリークの声を聞くや否や、オスカーは梢からバルコニーに向かって飛び上がる。そのままアンジェリークの体を抱え込むと女王の私室へとつっこんでいく。
「なに…?オスカーさま、一体…」
たたきつけるように寝台に投げ出されアンジェリークは怯えた。今までオスカーが自分に対してこんな手荒なことをしたことはない。オスカーとベッドを共にするときも、多少激しく求められることはあってもこんな乱暴に扱われたことはただの一度もなかった。オスカーは身をすくませるアンジェリークの白い肩をつかむと仰向けに押さえつけ胸元を広げると、アンジェリークの髪の毛を力任せに引っ張る。のけぞったアンジェリークの白い喉がオスカーの前にさらされた。恐怖に震える細く白い首。オスカーはまるで飢えた獣のようで、捕らえた獲物の喉笛を狙うかのように、荒い息をさせながらアンジェリークの首筋に飛びかかる寸前だった。


「いや…っ!痛い、オスカーさま、お願いやめて…!」
半分パニックに陥りながらアンジェリークは懇願する。髪を押さえつけられながらもなおも首を振り、わずかに自由のきく細い腕でアンジェリークはなおも抵抗をつづける。必死にもがくアンジェリークの腕がオスカーの肩にわずかにあたった瞬間…
アンジェリークの頬にオスカーの平手がとんだ 。

ばしっっ!

目の前が真っ白になって、アンジェリークは気を失った。


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