紅の結鎖 3

 夢の中、オスカーは花園の中に立っていた。どこまでも広がる花園の中で一人立ちつくす。遠くから
「オスカーさまぁ!」
はしゃいだような声がオスカーの名を呼ぶ。
……アンジェリーク……
小鳥のさえずりのような声を響かせて、彼の天使が駆け寄ってくる。その背中には白い翼。あふれんばかりの笑顔の彼女を抱きかかえようとオスカーは腕を広げた。
小鳥は飛び込んでくる。
オスカーが自分を抱きとめてくれると疑うことなく、無防備にその身をまかせようと。
次の瞬間

小鳥の羽根が空に舞い上がった。
白い羽根のところどころに紅い血の跡がにじむ。
「……オ…スカ……さ…ま……?」
オスカーの腕は小鳥の羽根をむしりとり、その白い喉笛に鋭い牙を立てる。荒々しく押し下げられあらわにされた胸元に鮮血が跳ぶ。点々と血のあとをつけた白いふくらみをたどったその上の所、小さく脈打つアンジェリークの柔らかな首に口を押しあて、流れ落ちる真っ赤な血を吸い上げる。あたたかく、例えようもなく甘く、アンジェリークの血がオスカーの喉を滑り落ちる。オスカーの全身は熱くなり、頭の中が血のように真っ赤になった。
「…やめ…て…、オスカ…さま…痛…い…」
喉に牙を突き立てられたままアンジェリークは呼吸を乱し、小さな声で喘ぐ。苦しそうに眉を寄せてすがるような瞳でオスカーを見上げた。オスカーはアンジェリークの瞳の横にうっすらと浮かぶ涙を見まいときつく目を閉じると、さらに喉元にむしゃぶりつく。見るまでもなく彼女は苦しんでいる。苦しんでいるはずだ。彼女の苦しむ姿は見たくない。だが、この誰よりも大切にしているはずの彼女に自分は何をしている?だが、最後の1滴まで…彼女が欲しい…!凶暴なまでの衝動がオスカーの駆り立てる。

 


「……あ…あぁ…」
どのくらいの時間がたったのか。もはや声にならないアンジェリークの喘ぎ声は遠くに聞こえ、苦しそうでありながらもどこかうっとりとした響きがする。この声はどこかで聞いた気がする。そう、彼女と過ごした寝室で、体を重ねながら耳にしたあの声。きつく閉じていた目をオスカーが薄く開けてみると、アンジェリークの体も熱を帯び、オスカーの背に細い腕をまわしている。薄くひらいた瞳は潤み、どこか艶めいた色が浮かぶ。
「は…はぁ…っ…オ…スカ…様…あ…愛して…」
喉元に牙を立てられ言葉がでないまま、唇だけが動く。「愛している」と言いたいのか、このまま「愛して欲しい」と願っているのか、わからないまま、血は…流れる…。

「彼女、随分よさそうじゃないの。女王様といっても、好きな男の前では所詮ただの小娘ね。それとも流石は色男と誉めるべきかしら。」
はっと振り返ると、そこにはあの晩の銀色の長い髪の女が立っていた。
「お前は……」
「どうだった?ベッドインよりずっとよかったでしょ。『私たち』にとって血を吸うというのは食事と言う意味と同時に仲間を増やす生殖行動でもあるのだもの。生存と繁殖の両方の本能を同時に満たしてくれる行為だわ。彼女だって今は苦しそうだけど、そのうち慣れてくるわよ。自分から求めてくるくらいにね。そうしたら、貴方ももっと気持ちよくなれるはずよ。ああ、あなたも初めてだったわね。」
くすくすと笑う女を見て、オスカーはカッとなった。
「貴様……!」
もはやぐったりと意識を失っているアンジェリークを下ろすと、帯剣を抜く。
「おお、こわい。でも怒った顔もステキよ。覚えておきなさい。3日以内に彼女を仲間にするのね。さもないと貴方死ぬわよ。まあ、飢え死にってところかしら。」
ケラケラと笑い声を残して、女は消えた。足下に倒れ伏したままのアンジェリークの体はさっきとはうって変わって、死人のように冷たい。彼女の中でゆっくりと何かが死んで、もう一つ何か暗く冷たい鳥肌が立つほどにおぞましい何かが生まれようとしている。今の自分と同じ……
「だめだ!アンジェリーク!目を覚ませ。君は…君だけは……!」
アンジェリークを抱きかかえるオスカーの声はもはや荒れ果てた花園を空しく響き、むしりとった天使の羽根が空を舞う。

 

声にならない叫びをあげて、オスカーは目を覚ました。

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