紅の結鎖 2

  気がつくと、見覚えのある天井が見えた。どこで見たのか、しばらくぼんやりと考えていたが、やおら意識がはっきりとしてくる。自分のベッドの天井だ、と思い、跳ね起きようとするが、やけに頭が重い。胸がむかむかして、吐きそうになる。
「オスカー様!」
聞き覚えのある鈴をころがすような声。
「…アンジェ…リーク?」
「…よかった…。惑星ティラントのホテルの前で倒れていらっしゃったんですって。意識がないまま、高い熱が何日も続いて…お医者さまにも見ていただいたんですけど…よかった……!」

                

 真っ赤になった女王の眼からぽろぽろと涙がこぼれる。泣いているせいだけじゃなく、ここ幾晩か眠っていないようだった。顔色も悪い。
「…帰ってきていたのか…。すまない…心配をかけた…」
少しだけ体を起こしてみる。さっきの頭痛と吐き気も少し収まってきたようだ。なによりアンジェリークの姿を見て、(どういう経路で帰ったのかわからないが)戻ってきたという安堵感と愛おしさに胸が熱くなる。オスカーはアンジェリークの頭をそっと抱き寄せて、その唇にそっと顔を寄せる。

                ………どくん………!

 オスカーの胸の中で何か冷たく重たい何かがわきあがる。頭がまたぼうっとなって冷たい霧がかかったような感覚。
「…オスカー様…?」
急に動きが止まったオスカーをアンジェリークは心配そうに見つめる。大きくひらいた緑色の瞳。やわらかな唇。小さなあご。そして、その下に白く細い首がかすかに動いている。

…とくん…とくん…

アンジェリークの小さな呼吸に合わせて、多分小さいであろう心臓から送り出されてくる血液の流れのリズムが白い首のわずかなふるえでオスカーの霞がかった頭に響く。アンジェリークの命を刻むように、赤く…あたたかく…とろけるように甘そうな血の流れ…。オスカーの唇がわずかに向きを変え、アンジェリークの白く細い首にふれた。

         

「…いけません…!オスカー様!」
オスカーがはっと我に返ると、真っ赤な顔をしたアンジェリークが困った顔で彼を見上げていた。
「まだ、意識が戻ったばっかりなんですよ。…今は…だめです…!」
困ったような、うれしいような、真っ赤な顔をしてアンジェリークは立ち上がる。今しがたのオスカーの頭をよぎった奇妙な感覚に気づいた様子はない。あれは一体何だったのか。考えこむようにオスカーが口に手をあてた時、ひやりと冷たいものが手にあたる。唇の中、いつもよりわずかに鋭くなったような白い冷たい犬歯。
「なんだ…これは……」

冷たかったのは歯のふれた掌だけではない。重く、冷たいなにかがオスカーの背中を走った。  

 

 

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