紅の結鎖 10
「ヴァンパイア ウィルス?」
オスカーの屋敷の一室で守護聖達は医師とエルンストの説明を受けていた。
「まあ、それは俗称で辺境の惑星にしか存在しないウィルスなのですが、オスカーさまは直接注射か何かでうちこまれたのでしょう。潜伏期間はきわめて短くほぼ100%発症します。まず高い熱がでて意識が混濁します。水や食べ物を一切受けつけなくなり、体力が急激に消耗。また、精神的にひどく不安定になり、ほおっておくと精神障害をおこし、ついには死に至ります。
これの感染ルートですが、体液で感染するんですよ。噛みつくなどして相手に傷を負わせると、口腔内の唾液からウィルスが相手に血液に入って感染します。そんなわけで、『ヴァンパイア ウィルス』と呼ばれているんですがね。暴れて人に危害を加えることはありますが、実際に血を吸ったりはしません。」
医師の説明のあと、エルンストが続ける。
「おそらく意識を失っている間に強烈な暗示をかけられていたんでしょう。自分を吸血鬼だと思いこみ、陛下を殺すように。愛情が深い対象ほど暗示は強くかかります。暗示をかけられた状態のうえ、オスカーさまの体力ですからね。頸動脈を噛み切られたら感染どころか即死です。」
エルンストの説明にその場の全員がぞっとなる。守護聖に女王殺しの大罪を犯させる。それも、最も愛する者の手を汚させて。人の愛情を逆手にとり、最も弱い部分につけ込んでいく…ちっぽけなテロリストに計画できることとは思えない。
「それにしても、オスカーさまの精神力は大したものです。よく踏みとどまれましたよ。あとで精神科の医師にも診てもらったのですが、強烈な暗示を受けていた形跡はあるのですが、ほとんど暗示は解けていたらしいんです。……陛下のお力か何かでしょうか。」
宇宙の調和を司る女王の力を持っても、個人の心を支配することはできない。だが、守護聖達は何となく思うのだ。アンジェリークでなければあの時のオスカーを止めることはできなかったと。そして、アンジェリークだからこそ、オスカーはその牙を止めたのだ。
「すべては女王陛下の御心のままに…。」
日頃、口数の少ない闇の守護聖がぼそりと言った。
同じ頃、同じ屋敷のオスカーの寝室で昏々と眠り続けるオスカーの側にアンジェリークはつきそっていた。峠は越えた。あとは回復を待つばかりだと医師から説明を受けている。熱も下がって、呼吸も安定している。なにより眠っている表情がずっと安らいでいることにアンジェリークは安心した。
「吸血鬼だろうと、守護聖だろうとなんだって構わなかったのよ。だって、オスカーさまはオスカーさまってだけで、私の一番大切な人なんだもの。でも、苦しくなくなったみたいでよかった…。オスカーさま…大好き…」
眠り続けるオスカーの長い前髪をそっとかきわけながら、アンジェリークはそっと話しかける。聞こえたのだろうか、オスカーが少しだけ笑ったような気がした。やだ、聞いてたの?と、アンジェリークはちょっと驚くが
「でも、確かめようがないわね、。まさか病人の胸を…」
と、思ったところで、昨夜の自分の行動を思い出して真っ赤になる。ちょっとはしたなかったわよね、でも…と聞かれたわけでもないのに頭の中でいいわけを考える。
オスカーの回復にはまだ少しかかる。 心配でもあるが、その間こんな風に彼を独占できるのもなんだかうれしい気もする。不謹慎な考えに、はっとなってアンジェリークはオスカーの寝顔を見る。(だって、2日もすっぽかされたのよ。)今度は聞こえないようにそっと心の中で呟いた。
そう、すべては女王陛下の御心のままに………
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