船幽霊3

「なんだァ?もう喰わんのか」
と言ったかと思ったらもう人の皿に手を伸ばす。
はじめてあった頃、びっくりするほどよく食べる人だと思った。
「どうぞ」
人が食べ残したものまで平気で口にするというのはいかがなものかとも思うのだが、それがまた美味そうに食べる。
大きな口をあけて一気に口の中にかきこんだかと思うと、あごを大きく動かす。
潜水艦たつなみに配属されて1年が経つ。
ここの艦長、深町二佐はよく食べ、走り回り、黒目がちの大きな目をくるくると動かしながら表情豊かに大きな声で話す。
よく言えば豪胆、悪く言えばがさつ。
評価はわかれるが、下のものには好かれている。面倒見がいいのだろう。
歩いているだけでいろんな人に声をかけられる。
そんなことを思いながら、上司の食べるところをまじまじと眺めている。
不意に鶏のから揚げを目の前にひょいと出される。
いつも思うがこの人に適切な距離感はない。
「惜しくなったか?昼飯。あんまり残ってないが、かえすか?」
いりませんよ、今更
しかし、多分艦長は真剣だ。
ふと、俺この人とどこかで会わなかったか?と思った。
どこであったのかまったく覚えていないが、いつだったか、まだ自分が小さかった頃。
艦長の顔をじっとみるが思い出せない。
「艦長、以前‥どこかで会いませんでしたか?
 海自でも防大でもなくて、もっとずっと前」
いや、顔じゃなくてなにかもっと別の、なにかがすごく懐かしい。
顔はまったく思い出せないのだが。
「この顔だったら、一度見たら絶対忘れないだろうになぁ」
と、つい口をついてしまい一発こづかれた。
こづいた感じもそのあと「なにいいやがる」と言った声も覚えがあるのに、顔だけが思い出せないままなのだ。
そう、顔だけが‥まるでぽっかりと穴があいたように。

「副長、来客だそうです。なんかえらいさんみたいですよ。」

‥‥来た‥今日の昼食が腹に入らなかった理由が。

「えらいさん?速水おまえ心当たりでもあるのか」
「‥まぁ‥父の秘書でしょう。」
家族やその関係者が基地内までくるなんてほとんどありえないが、あの人ならする。
基地外ではつかまらないからついにここまで来たか。
「すみません、ちょっと行ってきます。」
「おう、家族が倒れたとかだったらすぐ帰っていいぞ。」
「まさか、縁談でも持ってきたんでしょ。」
冗談のように言ったが、実は冗談ではなかったりする。

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