船幽霊1
うちにはお父さんがいない。
お父さんの写真も一枚もない。
友達のお母さんよりずっと若くて自分にそっくりのお母さんに聞くと、「お父さんは船に乗って外国に行っているから、いつもうちにはいないのだ。」と答える。
どうしてお父さんの写真はないのかと聞くと「昔、火事で写真はすべて焼けたから」と答えた。
自分の顔は母にそっくりだったから、僕はお父さんの顔を知らない。
夢の中でお父さんは帰ってくる。
船乗りの服装で帽子をかぶって手を振って僕のほうへ歩いてくる。
笑いながらこちらへ向かってきているのに、お父さんの顔はない。
なんだか黒い影のような穴のようなものがあいていてお父さんの顔はわからない。
きっと僕がお父さんの顔を知らないから、夢の中でもお父さんは顔がないのだ。
顔のないお父さんが僕をぎゅっと抱きしめると、ディーゼルの油のにおいとタバコの匂いがする。
これは以前、「お父さんが帰ってくるのはずっとさきなのよ。」と言う母に駄々をこねて「どうしてもお父さんを迎えに行きたい」と港へ行ったとき、たまたま船から下りてきた船乗りのおじさんからした匂いだ。
きっとお父さんもこんな匂いがするんだと思った。