おそらくそれさえも幸せな日々

 

吸血鬼騒動から1ヶ月。

今回の件を仕掛けた組織(?)の捜査は未だ進んでいない。なにしろ、こういったことの実働部分であるオスカーはいまだ病床である。事件後2日くらいは眠り続けていたが、1ヶ月もすれば完全にとは言わないまでもかなり回復している。本人はすぐにでも部屋を飛び出したいのであるが、彼の側には天使様がぴったりとくっついて、動くことを許さない。
「こういう時、本当にオスカーさまがいれば…と思うよ。」
オスカーの代役は彼の秘蔵っ子といわれている後輩の風の守護聖である。しかし、まだ若く力不足は否めない。つい、ゼフェルやマルセルにぼやいてしまう。
「オスカーさま早く戻ってきてくれないかなあ。」
これまで気がつかなかったけれど、聖地でオスカーのになっていた役割は多い。しかも、直接の上司はあの厳しい厳しい首座の守護聖である。少しのミスも許されない。
「俺…オスカーさまを見る目が変わったよ。やっぱりすごい人だよな。」
「そうだよね、それに聖地もなんかさびしい感じだよ。」
マルセルが相づちをうつ。元気がないのだ。聖地の女性達が。妙齢のご婦人は言うまでもなく、子どもからお年寄りまで。オスカーの姿が見えないだけでどこかがっかりしたような空気が流れる。(まったく本当に女にはまめだったからなあ。)とゼフェルは思う。
「そうだよな、だけどよ、今回のことで俺、オスカーを見る目が変わったぜ。あの後、アンジェリークの検査結果はなんともなかったんだろ。ってことは、あいつさぁ惑星ティラントから帰って、一度もアンジェリークに手ェ出してなかったってことだぜ。体液で感染するっていってたじゃん。だったら、一発やっちまってたら、即、感染。ディープキスでも………」
このセクハラ発言をひきつった笑いをうかべながら、じりじりとひいていく二人に気づいてか気づかずか、ゼフェルは本当に感心していたのである。

その頃、自室のベッドの中で、オスカーはぞくぞくするような悪寒を感じていた。そばでリンゴを剥いていたアンジェリークが手を止める。
「まだ、熱があるんでしょうか。寒いようでしたら窓を閉めますけど。」
「いや…いい…。」
誰かがよからぬ噂をしているらしい。アンジェリークはにこにこと笑いながらせっせと自分の世話をやいている。
「うふふ…あ、ごめんなさい。ちょっと思い出し笑いしちゃった。」
オスカーの顔をじーっと見るとアンジェリークは続けた。
「あのね、私、あの時本当にオスカーさまに吸血鬼にしてほしかったかも。吸血鬼って昔、本で読んだんだけど、とってもロマンチックなのよv」
オスカーはちょっと固まった。何を言うのやら、この天使様は。
「主人公の吸血鬼がとってもハンサムでステキなの。でも、もちろんオスカーさまの方が何倍もステキだったわ。オスカーさまにだったら、私 体中の血を吸われたっていいと思ったわv」
あんなひどい目に遭わされたにもかかわらず、思い出しながら笑っている。どうも天使の方が一枚も二枚も上手らしい。ちょっとイニシアチブを取り返したい気になりオスカーはアンジェリークの方に身を乗り出す。
「だったら、今からでも遅くないかも知れないぜ?」
アンジェリークのあごを引き寄せるが
「いけません、オスカーさま。」
アンジェリークの指がつん、とオスカーの額をおさえる。
「お医者様が言ってましたけど、うつるかもしれないから、キスはまだだめなんですって。」
アンジェリークに軽くあしらわれちょっと面白くなさそうなオスカーの頬に、今度はアンジェリークから軽く口づける。


「でも、私からするのはいいんですって。ほっぺとかだったらv」
当分は彼女のペースになりそうだ。天使の血を吸うはずの死にぞこないの吸血鬼は、逆に天使に捕獲されてしまった。ああ、もうどうにでもするといい。しばらくはこのままベッドに監禁されているのも幸せというものだ。

少しまぶしいくらいの木漏れ日がとらわれの「もと吸血鬼」の部屋の中に差し込んでいた。

 


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