「この大陸に炎の力を与えよう。火は太陽に生まれ、原始の暗闇を照らし、長い冬を暖め、祭りの夏に燃える。熱く、強く、創造の力となる、そんな炎のサクリアをこの天使の大陸エリューシオンに贈る。」
ここはエリューシオン。オスカー様ったら、ついこの間お怪我をして戻られたばかりというのにエリューシオンの育成を行っているようね。
「こんにちわ。」
オスカー様がふりかえると、木の上に金色の長い髪の女性が座っていたわ。
「この大陸で俺の姿が見えるレディに会えるとは思わなかった。一度あった女性は絶対に忘れたりはしないんだが、よかったら名前を聞かせてもらえるかな。」
さすがに女性相手とはいえ、オスカー様も少々警戒なさっているようね。でも、この金の髪、白い肌にそばかす…どこかであったような…
「私は私よ。…でも、変ね…何か大事なことを忘れている気がする…でも、オスカー様、貴方のことは知っているわ。人々に強さを与える炎の守護聖。」
にこやかにそう告げる天真爛漫な様子にオスカー様もそれ以上は詮索するのをやめたみたい。
「ねえ、オスカー様。今の育成は女王候補に頼まれたものじゃないでしょう。頼まれもしないのに勝手にサクリアを贈るのは禁止されているのではなくって?」
オスカー様の表情がふっとくもったわ。確かに、守護聖が女王陛下や女王候補の命も受けず勝手にサクリアを使うことは許されていない。でも、オスカー様は滅び行く宇宙の崩壊をくい止めるために何度も危険な任務に就かれているのだわ。身体の危険もさることながら、どんなに手を尽くしても、どんなにサクリアを注いでも、まるで手の中で崩れ去っていく砂のように星々が崩れ命が失われていく様を見届け続けることは辛いことだわ。
「ここは生まれて間もない宇宙だからな。待ち望んでいたかのように俺のサクリアを受けとめてくれる。いくら力を注いでも崩れ去っていくあの空しさを少しばっかり埋めてみたいんだよ。」
「…そうね…。ところでオスカー様。この大陸のことはお好き?」
「そうだな、可愛い天使が愛し育てている大陸だ。俺としても気になるところだな。」
「だったら、その可愛い天使のことは…?」
返答につまるオスカー様に金の髪のレディは更に続けるわ。
「ねえ、オスカーさま。どうして、この宇宙は女王や守護聖が支えていると思います?すぐに泣いて、笑って、憎んで、愛して…どうして、こんな不安定な感情を持つ『人』が宇宙を支えているのかしら。たとえば、女王が守護聖が互いに恋に落ちてしまった時、そのリスクは例えようもないほど大きいわ。」
お二人の間に沈黙が流れていったわ。それはとっても長い時間だったのか、それともほんの一瞬だったのか…
「どうして俺が炎のサクリアを持つことになったのか、そして俺が炎のサクリアを持つことが正しいのかはよくわからない。俺の力は希望と創造だけじゃない。炎はあらゆる国々で城を焼き、聖者と泥棒を火あぶりにする。平和へのたいまつとなったかと思えば、戦いののろしとなる。そんな、矛盾に満ちた力だ。
今だって滅び行く宇宙の手に負えないほど崩壊していく星域を丸ごと焼き尽くしてきた。まだあの星の救出しきれなかった人々の声が耳を離れない…」
『……ドウシテ、ドウシテ私タチノ故郷ノ星ヲ焼キ尽ツクシタノデスカ……』
『……アア、神トハナントムゴイ…ムゴイコトヲスル…』
それは、焼き尽くされた星々の命たちの叫びと呪い。
「俺の力が人々を破滅にも導く。今だって、これまでだって… だが俺の力が人々にとって希望であり輝くものであれ、そうあって欲しいといつも願っていた。滅びゆく俺の故郷の宇宙にとっても生まれくるこの天使の大陸にとっても…」
「人は喜び、悲しみ、憎み、そして愛する。貴方のサクリアだけでなく、人はとても矛盾に満ちて、そして不完全だからこそ変化を生み出すことができるからかもしれないわ。女王や守護聖は人だからこそ新しい世界を生み出す力になるのかもしれない。オスカー様、女王と守護聖の恋、それがどんな意味を持つのか試してみるのも面白いかもしれないわね。
それは…私がかつて選ばなかった選択だけれど……」
はっとなって、オスカー様がその女性のほうをふりかえった時にはその女性は姿を消していて
「ごめんなさいね、オスカー。私これから貴方の天使とお話ししなくちゃいけないの。あなたがいつも私と私の宇宙のために心をくだき、その身を危険と苦しみにさらしていることを忘れたことはないわ…ありがとう…」
まさか…あの女性は…と思ったのだけれど、オスカー様も何も言わずそのままエリューシオンを立ち去られたわ。
宇宙の崩壊と女王試験。そして、女王と守護聖の恋。
これがどんな意味を持つのか、いまはだれも答えを出すことができなかったわ。 オスカー様もランディ様もアンジェリークも、そして、かつて恋をした女王候補であったあの金の髪の女性も…
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