誕生日まであと2日。
ぴゅうぴゅうとその日は風が吹きすさんでいた。
木穴の中にも吹き込んで、いつもよりも寒さが増した。
空はどんよりと曇っていて、今にも嵐が来そうだ。
「兄さん、雪に埋もれて寒がっていないと良いんだけどな。」
外を見て、アルフォンスは心を痛めた。
縄ハシゴはさっき完成したから、明日の朝スカーが出かけたらすぐに脱出する算段を組んでいた。
明後日はもう火曜日。
もうアルフォンスはすっかりここから逃げ出して、エドワードとどうやって落ち合おうかと頭を悩ませている。
それと同時に、こんな事も考え初めていた。
「スカーさん、こんな風の中で大丈夫かな・・・。」
自分を食べるという意志は変えてはいないが、毎日話しているうちにどうしても嫌いにはなれなかった。
もしかしたら考えを変えて、食べるという事を止めてくれるかもしれないと、淡い期待さえ持ち始めていた。
食べるという事をやめてくれたら、いい友達になれそうだと考えていたから。
スカーと言う大鷲を憎む気持ちは沸かないのだ。
逆に兄を失った事への同情の念のほうが強いくらいだ。
一緒にお茶を飲み、ときおり見せるふとした穏やかな表情が本来の彼の姿なんじゃないかとアルフォンスは思っていた。
「・・・寒いなァ・・・、でも着られるセーターはもう無いし。あと1日だ、我慢しよう。」
そういうと、スカーがいつ帰ってきてもいいようにお茶の仕度を済ませた。
しかし待っていてもスカーは現れない。
ちらちらと風に雪が混じって吹雪いてきた。
外が暗くなり、もう目が効かなくなっている筈だと思われる頃にようやくスカーは帰ってきた。
身体中に雪をかぶり、少し羽を痛めている。
「お帰りなさいっ!!どうしたの?怪我してるじゃないか!」
「・・・なんて事は無い。気にするな。」
「でもでも、ちょっと待ってて。いい軟膏があるからさ。」
大きなリュックの底から、小さなポーチを取り出し中から小さな容器を出した。
とろりとした緑色の薬で、知り合いの薬師から分けてもらった傷薬だ。
「ボクの兄さんはケンカッぱやくって、すぐに怪我するんだ。だからいつも持ち歩いてるんだよ。」
「・・・そうか。」
「ああ、大丈夫。たいした事無いみたい。・・・よかった。」
丁寧に傷口に塗ると、またリュックにしまった。
その動作の一部始終をスカーは珍しいものでも見るかのように、見つめていた。
「・・・お前は・・・。」
「何?」
「お前は俺が怖くないのか?」
その質問が風にかき消されて、アルフォンスは良く聞こえなかった。
首をかしげてスカーを見る。
「ごめん、聞こえなかった。何?」
「いや・・・別に良い。」
洗いたてのタオルをスカーに渡して、アルフォンスは温かなお茶の用意をする。
テーブルの上にはマグカップが二つ。
すっかり見慣れた風景になっていた。
外はあんなに寒かったのに、この木穴はいつもの年よりも暖かく感じる。
スカーは漠然とそう感じた。
湯気がゆっくりと立ち上り、ロウソクの明るいともしびでゆらゆらと室内をめぐっていた。
昨日と違うのは、テーブルの上になにも食べるものが用意されていない事。
「ごめんね、今日はもうブルーベリーのパイしか残ってなくて…。」
「…そうか、それでかまわない。」
スカーがそう言うと、アルフォンスは少し困った顔をした。
「それはピナコばっちゃんに持っていく物なんだ。だからあげられない。」
強風に煽られて肩口を怪我をしたスカーは機嫌が悪かった。
嵐の為に、古傷も痛み頭痛もしていた。
しかも外で獲物も捕まえられずに、とてもお腹を空かせていたのだ。
だからアルフォンスが素直にパイを寄こさない事に余計に腹を立ててしまった。
「何をほざくガキが、そのピナコというヤツに会えると思っているのか!」
乱暴にリュックを掴むとその中を漁った。
「ダメだってば、それはばっちゃんの為に作ったものなんだよ。」
「そうか、ならばその者ごと俺が食ってやる。」
乱暴にアルフォンスをリュックから払いのけるスカー。
強い力で床に身体を叩きつけられた。
それはアルフォンスの中から、自分を見逃してくれるのではないかという淡い期待をも打ち消される。
もっと悪い事にリュックの中から、セーターをほどいて作った縄はしごを見つけてしまったのだ。
「…何だ、これは…。」
「・・・それは・・・。」
木のふもとまで届きそうなくらい長い縄に、足をかけるように輪が付けられている。
それを全てまとめ上げると、スカーは吹雪いている外へと放り投げてしまった。
あっというまに暗闇の中へと、毛糸の縄は飛ばされ消えてしまう。
それをどうする事もできずに、アルフォンスは見つめているだけだった。
絶望感に打ちのめされて、一緒にお茶を飲むことなど出来ない。
かろうじてよろよろと部屋の隅にうずくまり、腰を下ろすのが精一杯だった。
昨日よりも寒い木穴で、アルフォンスは膝を抱えてうずくまった。
スカーは一言、
「オレの誕生日はあさってだ。」
そう言い放って、床についた。
昨日の暖かかったベッドは、まるで別のもののように寒々しく感じるのだった。