誕生日まであと5日。
朝起きると、アルフォンスは顔を洗った。
そして朝食用にと、リュックの中から大麦パンのサンドイッチを取り出す。


「スカーさん、おはようございます。朝ごはん、食べますか?」
「む?」

いつも好きな時間に起きて、好きな時間に食事をしていたスカーだったから起こされて眉をひそめた。

「…うるさいガキめ、寝かせろ。」
「ガキじゃなくて、アルフォンス!そうですか?天気もいいし、勿体ない気もするけど。」

アルフォンスは紅茶を入れて、大麦のサンドイッチを食べ始めた。
温かないい香りで、スカーの腹がぐうっとなった。
しばらくの沈黙の後、

「仕方ない、どうしてもというなら喰ってやる。」

とベッドから起きある。
それに対してアルフォンスもからかいもせずに

「よかった、一人で食べるのって味気ないでしょ?」

昨日と同じように、皿に取り分けた。

「さあな。誰かと食べたなんて記憶にない。」
「でも、昨日は楽しかったでしょ?ボクは楽しかったけどな。冬に入ると兄さんとしか話さないからね。」
「兄がいるのか。」
「うん。一つ上の兄さん。」
「そうか。」

その時、スカーの表情は少し曇った。
それに気が付いたアルフォンスだったが、何も言わずにいた。

 

「さて、オレは見回りに行ってくる。ガキはここでおとなしくしてろ。」
「はーい、いってらっしゃい。」
「ふん。」

出かけ間際にスカーはペンで、今日の日付にバツをした。
アルフォンスを食べるという事を、忘れるなという意味だろう。
大きな黒い羽を広げて、スカーは天気のいい空へと飛び立っていった。
朝の食事を片づけると、アルフォンスは穴から顔を出した。
そして下を覗き込んで、頭を働かせた。

「う〜ん、やっぱり飛び降りたりするのは無理だな。どうにかして下に降りないと…。」

小さなテーブルと椅子に戻って、アルフォンスは考えた。
今あるものと、出来る限りの事を想定する。
そして一つの答えを出した。

「やっぱり縄を伝って降りるしかないね。縄なんてないから作らないとな。え〜っと…。」

部屋を見回すと、昨日脱いだ3枚のセーターが目に入った。

「よし、セーターを解いて綱にしよう。全部使わないと下まで届かないよね。」

そのまま降りても途中で疲れて落下してしまうかもしれない。
綱の途中に輪を作り、それをはしご代わりにして降りれば安全そうだ。

「うん、いい考えだ。」

早速その日は、1枚のセーターをほどき始めた。
日にちはあと5日。
それまでに作り上げなくてはいけない。
でも少し明るい未来が見えたので、アルフォンスは機嫌が良かった。

 


スカーはやはり、暗くなる前に帰ってきた。
そしてアルフォンスは、帰宅の挨拶をするとまたお茶に誘った。

「今日はクルミのパイにしよう。食べた事ある?」
「…ない。」
「そう?口に合うといいんだけど。」
「ガキは口に合わなくても、全部食ってやるがな。」
「うわ・・・。」

一気にアルフォンスの顔から笑顔が消えた。
それでもクルミパイを切り分けてスカーの前にだし、紅茶を入れる。
さすがに無言で口にしたスカーだったが、なんとなく悪い気がしたので。

「…うまいな。」

と呟いてみた。

「そう?!よかった、ボクはクルミパイが一番好きなんだ。」

途端に笑顔になって話し出すアルフォンス。

「でも、幼馴染のウィンリィはアップルパイが得意でね。」
「ほう。」
「たまにしか食べられないからボクも真似するんだけど、全然上手くいかないんだ。」

パクパクとパイを食べて、いつもの調子に戻りスカーは安心した。
そして、アルフォンスのおしゃべりを黙って聞いていた。

「ねえスカーさん。空の散歩、きょうはどうだったの?」
「普通だ。」
「普通ってどう普通なの?」
「夏のように入道雲に巻き込まれることも無かったし、突然のアラレに振られる事も無い普通の日だ。」
「え、入道雲に巻き込まれるの?」
「中は積乱雲だから風の流れが速い。しかも雷が鳴る事もある。」
「空の上の雷なんて、絶対に嫌だな。」
「オレも嫌いだ。」

上空でピカピカと光るだけでも怖いのに、その傍にいるなんてとアルフォンスは肩をすくめた。
その様子が面白くて、スカーは話を続けた。

「下りようとした木に雷が落ちた時は、さすがのオレも悲鳴を上げたな。」
「えー、スカーさんが悲鳴?想像つかないや。」

コロコロと表情を変えて、アルフォンスはスカーと話す。
こうして、その晩は夜が更けるまで二人は語り合った。
ベッドに入るスカーにおやすみと声をかけると、

「…おやすみ。」

と返事をくれたので、アルフォンスは思わず微笑んだ。
こうして打ち解けてくれたら、もしかして食べずに逃がしてくれるかもと淡い期待を持った。