白い雪に点々と血が飛んでいたので、きっと激しく抵抗していたのだろう。

「…アルフォンスか…。」
「…スカーさん。」
「…こんな所で…何を、している…。」

弱々しくて、かすれた声でスカーは言う。

「あなたから逃げ出している所です。」
「…そうか。…やはり、無駄だったようだな。」
「え?」
「いいんだ、今更…。」
「だって…今日は誕生日で、ボクを食べるつもりだったんでしょ。特別のご馳走として。」
「テーブルの上の手紙を見なかったのか?」
「ボク…急いでたから、見てません。」
「そうか…、見ていたら逃げていなかったかもしれないのか?」
「どういう事?」

起き上がろうとして痛さに顔を歪めるスカーに手を貸して、アルフォンスは木を背もたれに座らせた。

「こいつだ。紅茶にこのオレンジの実を入れて飲むのが上手いと言っていただろう。」

木から落としたオレンジを拾い上げて、アルフォンスに見せた。

「え?ええ…。」
「この実を持って帰り、特別のお茶会をして…家に送って行こうと思っていた。そうしたら、この木に集まるモノを狙っていたキツネにやられてしまって、この様だ。」

アルフォンスは驚き、スカーを見つめた。
昨日はあんなに意地悪で、しかもあんな事をしたのに何故それが急に変わったのか解らなかった。

「どうして、ボクの為に?だって、昨日までボクを食べるつもりだったでしょ?」
「ああ、そうだ。昨日の夜まではな…。でもアルフォンスと毎晩お茶を飲み、話もした。もし食べてしまったら…もうそれが出来なくなるかと思うと…。」
「スカーさん?」
「会えなくなるのが…顔が見れなくなるのが…辛いと思ったのだ。」
「それって、それって…ボクと友達になりたいの?」

そっぽを向いて顔を合わせないスカーに回り込み、アルフォンスは首をかしげて覗き込んだ。
アルフォンスだって思っていた事だ。
もし友達になれたら、どんなに楽しいだろうと。
昨夜、あんな事をされたがそれでもスカーを嫌いにはなれなかった。

「…いいのか?オレはあんな…。」

その言葉をアルフォンスは人差し指でふさいだ。
そしてにっこりと微笑んで、

「友達になれて、ボクは嬉しいよ。」

と言った。
スカーは初めてうっすらとアルフォンスに向けて笑みを浮かべた。

「おいおい、どうなってるんだ??説明しろっ!!」

二人のやり取りにヤキモキしていたエドワードがとうとう怒鳴りだした。
あははっと笑い声をあげて、アルフォンスはスカーにエドワードを紹介した。

「これがボクの兄さん、エドワードだよ。」
「そうか…助けてくれてありがとう。そして済まなかった。」
「あ?別に…アルがいいなら…いいよ。」

ぼりぼりと頭を掻いて、エドワードは不貞腐れた。
アルフォンスとスカーの仲の良さそうな様子が面白くないようだ。
痛む身体を押して、スカーは立ちあがった。
そして大きな羽を震わせた。

「…何とか飛べそうだ。ピナコとか言うヤツの元へ送って行こう。」
「いいよ、ばっちゃんの所はまた今度にする。」
「…そうか…。」
「その代り、三本松のボクの家に送って行ってくれないかな?」
「構わないが…。」
「早く帰って、スカーさんの手当てをしたらパーティーの準備しなくちゃ。」
「パーティ?脱出記念のか?」
「違うよ!スカーさんの誕生日パーティ!!」

驚いたのはスカーだけでなく、エドワードもリン達も驚いた。

「だって、これだけの人数の食事を用意しなくちゃいけないからね。みんなでお祝いしよう。」
「お、メシか?オレは食うゾ!!」

理由はどうあれ、アルフォンスの料理が食べられる事にリンは喜んだ。
スカーは大事そうに腕にアルフォンスを抱えると、羽を羽ばたかせた。

「おい、オレは?」

エドワードが慌てて近寄ったが、

「兄さんはみんなをウチに案内してきて、頼んだよ。」

そう告げるとスカーは空高く舞い上がった。
青く抜けるような空は、今朝見た光景よりももっと輝いている。
やはり、初めて空からの風景を見た感動と変わらずに綺麗だとアルフォンスは思った。

「すごいね、本当にすごいや。」
「いつでも見せてやる。」

スカーはそうアルフォンスに告げた。
そして、三本松の家へとまっすぐに飛び立っていった。