目が覚めると、アルフォンスはスカーのベッドに寝かされていた。
身体のあちこちが痛むが、昨夜のなごりは全て綺麗にされて居た。
スカーが自分の身体を清めて、服を着せてくれたのだ。
周りを見回したが、スカーの姿は見えなかった。
明るい陽射しが入り込んでいて、いい天気なのだと解った。

「スカーさん、…手紙届けに行ってくれたのかな…。」

軋む身体を起こして、アルフォンスは木穴へと向かった。
外は雪で日差しが反射して、どこもかしこもきらめいて空も雲一つない晴天だ。
スカーの誕生日が天気でよかったと、的外れな事まで思い浮かべるほど気持ちのいい朝だ。

「空、綺麗だな。綺麗な景色の見える場所で死ねるなら、少しは良かったと思える。」

強がりを口にした。
そんな事、これっぽっちも思っていない。
本当は家に帰りたい。
エドワードの待つ、三本杉の根元の家に帰りたい。
それは叶わない希望だと、アルフォンスは諦めていた。
同時に自分を食べるのがスカーでよかったと思った。
誰かもわからない鷲に捕って喰われるくらいなら、繋がりを持てたスカーの方がまし。
かりそめとはいえ、優しさを持って抱いてくれたから。
そう思うとアルフォンスの瞳からすーっと、涙がこぼれた。
こんな風に会わなければ、仲良く出来たかもしれない。
でも今更、無駄な考えだ。

「兄さん…ごめんね。ボク、もう帰れないや。」

呟いて、木穴の入り口に座り込む。
そしてこの雄大な景色を目に焼き付けておこうと、アルフォンスは遠くを見つめていた。

その時だ。

どこからかカリカリと音がする。
この木穴の中からでない、どこか遠くに聞こえるような音。
それがだんだんと大きくなり、アルフォンスは怖くなった。
もしかしたら別の何かが、自分を食べようと襲いに来たのかもしれないと思ったから。
だんだんと大きくなる音に、恐怖で身体が強張る。
するとアルフォンスの座っている場所から遠くない床で何かが飛び出した。
見る見るその場所に穴が開き、ひょっこりと黒髪の少年が顔を出した。
驚きのあまり、アルフォンスは声も出ない。
少年は細い目でくるくると辺りを見回すと、アルフォンスと目があった。
そしてにっこりと笑い、声をかけられた。

「オ、お前アルフォンスか?」
「…そう、だけど…君は誰?」
「オレはリン。お前を助けに来たゾ。」

そういうと器用に小さな穴から身体を出して、アルフォンスに近づいた。

「そうかお前がアルフォンスなのカ。」
「何がどうしたのか説明してよ!君は何者なの?」

問い詰めようとするとまた床に開けられた穴から、誰かが飛び出してきた。
それは金の長い髪で、同じ瞳の色を持つ兄だった。

「アルっ!!心配したぞ!!無事でよかった…。」
「兄さん!?」

エドワードはアルフォンスに飛びつきそして強く抱きしめた。
あまりの強い力に息が止まる。

「…に、兄さん…苦しいィ…。」
「お、悪いっ!!」

慌てて抱きしめる腕を緩めて顔を見つめあった。
信じられない光景に、アルフォンスは大きな瞳を一層大きく開く。

「ごめん、遅くなっちまった。」

短いネコっ毛のアルフォンスの髪をクシャクシャと撫でる。
そこで本当に『兄さんがここに居るのだ』と、嬉しさが込み上げてきた。

 

「お二人さん、再会の感激はワカるが大鷲が帰ってきタら大事ダ。脱出するゾ。」
「ああ、リン解った。さ、逃げよう!」
「うん。ありがとう兄さん。」

上着と靴下を手早くつかみアルフォンスは身支度を済ませた。
そしてエドワードに続き、木の中をくりぬいて作られた階段を下りようとした。
スカーと過ごしたこの部屋を眺めると、胸が痛くなる。
嫌な思い出ばかりじゃなかったけど、もう二度と来ることはない。

「…さよなら、スカーさん。」

込み上げる思いを押し込んで、アルフォンスはこの部屋を後にした。