「song of the sea 1.5」

「サニーサイド」のあっちょんさんから、しあわせな「 song of the sea 1.5」を頂きました。
この話はシリーズになっていて、結構、殺伐というか、アルが可哀想なので、
こういう幸せな話はかえって目頭が…
幸薄いアルがエドにネコの子のようになつく姿がいじらしいやらなんやら…

『Song of the sea  1・5』


ちょうど 1と2の間くらいの二人の話。

 

二人が暮らすようになって、しばらくたっていた。
アルフォンスは相変わらず、夜這いをかけてはエドワードに部屋の外へと追い出されていた。

「ねえ、そろそろシテもいいんじゃない?だってさ、誰も見てないよ?」
「うるさい、ガキは早く寝ろ。」

ドアノブを握りしめて、廊下にいるアルフォンスに話しかける。
これじゃ安心して寝られないから、明日には部屋に鍵でも付けようかとエドワードは思った。

ネコの様に甘えてくるアルフォンスは、今本当に自分の思うように行動している。
誰の圧力に屈することなく、思うように動いている。
それは今まで許されなかったことだから、自由を満喫しているのだ。
ただその行動の矛先が、エドワード一点へと向けられているのだから、正直困ってしまっていた。

「いいか、よく聞け。お前は弟で、オレはお前の兄貴だ。男同士でもある。だからな、そういう事をすんなっつってんの!!」
「え〜、だってさ、好きにしろって言ってたじゃないか。」
「あの時はあの時だろ。今は…兄弟なんだから、そんな事…したら、ダメなんだよ。」
「ボク、下手だった?良くなかった??」
「だあー、もう!!勘弁してくれ…。」

エドワードはあの裁判の後、マスタング国王に城へ呼ばれて直々に謁見をした。
そこで海軍総帥、近衛の総帥、元帥等に囲まれてサインをさせられた。

アルフォンスの保護者であり、兄である証のサインを。

それだけ海賊を処罰しないというのは、異例中の異例であり国中に注目されているという事にもなる。
だから国のトップともいえる人達が証人となり、また監察官なのだ。

もしこの規約に反する事があれば、アルフォンスの命はない。
この事に友好的に自分を見てくれる上官もいれば、反対に国王とのつながりをやっかみ隙あらば陥れようとする者もあるのは仕方のない事。
若くして今の地位にあるエドワードを嫉妬する者は多い。

そんな重々しい空気は、エドワードの脳裏から忘れる事はなかった。
せっかく繋げた命だ。
自分の所為で失くしたくはない。
だから余計に、兄として誰も文句が付けられないよう毅然として居たいのに…。
はあ、と疲れて溜息が出る。

「…わかったよ、おとなしく寝るね。おやすみ…少佐。」
「ああ、本当に寝ろよ。」

パタパタと階段を下る音がして、ようやく力いっぱい握りしめていたドアノブから手を離す。
もう明日は絶対に鍵を買おうと、エドワードは思った。


もしここに入るなと、押さえつけて脅し命令すればアルフォンスは言うこと聞いてしまうだろう。
今までがそうであったように、アルフォンスの中でエドワードとの関係は海賊の船長とキャビンボーイと相違が無い。
その見えない力で抑え込むなら、簡単な事だろう。

でもそうはしたくない。
主従関係でない、家族として付き合っていきたいから…。
なかなか難しい物だと、エドワードは苦笑いをする。
新人の海兵の方がよっぽど扱いやすい。
ネコに躾をするようなものだと思った。

気まぐれで、気ままで、するりとすり寄ってくる。
かまってくれと誘う、こっちの都合なんて考えずに。
そして『相手にしてくれないな』と諦めると、さらりと去っていく。
もっとも、ネコに躾なんて無理な話なのだが。

すっかり眠気をそがれてしまったエドワードは、ランプの明かりを強くして先日買った本に手をかけた。
気持ちよくベッドで寝ていたのを起こしたネコは今頃、階下のソファで丸まっているだろう。

ランプの油が尽きて、炎がチカチカとしはじめた頃にようやく一区切りつける。
少し喉が渇いて、水でも飲んでから寝ようと足音に気を付けてエドワードは階下へと向かった。


真っ暗なリビングに一筋、月明かりが差し込んでいた。
手に持つランプの炎はゆらゆらと揺れ、薄ぼんやりと部屋を明るくする。
キッチンで水をくみ飲み干すと、なんとなく足をソファに向ける。
ギイギイと古い床板の軋みに気を使い、ゆっくりと近づいた。

「ははっ、よく寝てら。」

少し笑みを浮かべ、月明かりに照らされて寝ているアルフォンスの顔は本当に幼い子供にしか見えない。
何も知らない、無垢な子供に。
まるで天使画の様に、すやすやと眠りについていた。

決して寝心地のいいソファではないはず。
もうくたびれて、だいぶ綿もへたれていた。
なのに、薄っぺらい毛布にくるまりふくふくと寝ている。
枕代わりのクッションだって良いものでもない。
それでも満足げに、身体を小さく折りたたんで寝ていた。

「ったく、人のこと起こしておいて自分は安眠してるのかよ。」

海賊の暮らしはいつも危険と隣り合わせだ。
他の海賊に狙われる事もあるだろうし、海上なら天候だってすぐに変わる。
海軍の夜襲だってあっただろう。

今までの船長にはこんな風に平穏に寝かされていなかったのかもしれない。


触れたくなって頭に手をおくと、ビクリと身体を震わせて金色の瞳を開けた。
すぐに起き上がろうとしたから、

「悪い、起こしたか?まだ夜中だ、寝てろ。」

そう言うと、安心したのかまた目を瞑った。
いつも神経を高ぶらせている、野生動物のようだと思った。
しっかりと寝付いている訳ではない。
気の抜けない、殺伐とした暮らしをしていたのだからそうなってしまったのだ。

まだ幼かっただろう頃に、親の記憶も無く一人で居たと思うと、どうしようもなく自分の無力さを感じる。

声を上げて泣く事も許されず、いつも笑顔でいることを強要されていた。
自分の感情を押し殺して、いつの間にか心の自由を無くしてしまった。
それが今、少しづつではあるが取り戻している。
夜這いという行為は迷惑だが、その感情を尊重しつつ自分の立場を自覚してもらいたい、そうエドワードは考えていた。

恐る恐る柔らかな髪に手を当てて、撫でてやる。
少し顔を歪めたが、何度か優しく撫でるとまたうっすらと笑みを浮かべた。
もしかしたらこうして撫でられることも無かったのかもしれない。

幼い頃の弟の寝顔を思い出す。
いつも一緒で、母が頭を優しく撫でてくれていた。
自分の中で、幸せな記憶だ。
きっと、アルフォンスの母もそうしていただろう。

少しでも親の記憶が戻ればいいなと、願いを込めて撫でてやる。
するとムグムグと口元が動き、アルフォンスは呟いた。

「…しょうさぁ、……好き……。」

その言葉にエドワードの手が止まる。
起きているのかと思ったが、しっかりと眠りについているようだ。
そして急な告白に、顔が熱くなった。
無意識であるから、裏がある訳でなく本心なのだろう。
だから余計にどうしたらいいか、解らなくなった。

今まで告白された事は、少なからずあるエドワードだったがこんなにもバクバクと心臓が鳴る事なんてなかった。

「…お前なぁ…、寝てても騒がしいんだな…。」

自分がこんな風に恥ずかしくなっている事が意外で、思わず寝顔に文句を言う。
たかが寝言で言った事を、真に受けるなんて。
赤くなっているだろう顔を、片手で覆う。
1人で慌てている自分が滑稽だと解っている。
その原因のアルフォンスはそんな事気が付かないまま幸せそうに眠っていた。
月明かりで照らされる顔は、まるで輝いているようだ。

「…枕と毛布もついでに買ってくるか…。」

母がそうしてくれたように、エドワードはアルフォンスの額に唇を寄せた。
そして、いい夢が見られるようにと願う。

次の日、帰宅したエドワードは大きな荷物を抱えていた。
ひとつは毛布。
羊毛の肌触りの良い暖かな毛布。
もう一つは枕。
羽毛で大き目のフカフカの枕。
それはアルフォンスのお気に入りとなり、とても喜んだ。

しかし、同時に買ってきた部屋の鍵はアルフォンスのお気に入りとはならなかった。