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受験当日、小雨が降っている寒い日だった。
エドワードは入試の手伝いで学校へと行っていたので、アルフォンスはカサをさし一人で駅から向かっていた。
そして校門の手前の信号で、青になるのを待っていたら隣に黒い猫がやってきた。
大きな猫でピンとしっぽを立てて並んで立つ。


「ふふ、雨が降って寒いだろ?おうちに帰った方がいいんじゃないかな」

濡れそぼる黒い毛足は、汚れていたがますます黒くなっている。
首輪もつけずにいるので、多分この近辺を縄張りにしている野良猫だろう。
声をかけたところで、猫なんて返事なんかしない。
同じように信号を待っている受験生らしい生徒は、今日の試験の事ばかりで猫なんて気にして居なかったようだ。
そこに走りこんできた生徒の足音に驚いて、一瞬の間に猫が赤信号へと飛び出してしまった。
止める暇もない。
次の瞬間、激しいブレーキ音の後に鈍い音がする。
そして黒い物体が道の反対側へと飛ばされた。

 


運転手は車から降りたが、人ではないと判断すると

「なんだ、びっくりさせんなよ」

と呟いて、あっという間に去って行ってしまった。
その光景に唖然として、アルフォンスは動けなかった。
信号が青に変わり、道行く同じ受験生たちが過ぎ去っていく。

「うわ、可哀そうに…」

そう呟いてそのまま皆、校門へと消えていく。

「黒猫なんて…縁起悪い。これで落ちたら猫のせいだ」

などと心無い言葉も耳に聞こえた。
雨に濡れた身体から、赤い血が流れていて恐る恐るアルフォンスは近づいて行った。
息はまだあるようで、ハアハアと苦しげに胸が揺れている。

 

「ごめんね…猫さん。どうしよう…病院に連れて行かなくっちゃ」

そう思っていても、躊躇して手が出せなかった。
もし病院へ連れて行ったら、試験は受けられないだろう。
倍率の高い進学校で、第二次募集なんて今までない人気校だ。
今日受けなければ、この学校に入るのは無理だ。
兄のエドワードと同じこの高校に行きたくて、ずっとずっと頑張ってきた。
その思いと、猫の命を天秤にかけてアルフォンスは悩んでいた。
でも、ここで猫を見捨ててしまったらきっと悔いが残る。
そう思い、猫に近づいて手を出そうとした。
その時、大きな声をかけられる。

「待て、触るな!」