文・あっちょん 絵・きりしま

放課後、何故か当たり前の様に社会科室に入り浸る生徒がいた。
自分のどこが良くて懐いているのか、当の本人にはさっぱり理解できない。

「ねえスカー先生、見てよ。ちゃんと満点取れたよ」
「…そうか、よかったな」
「ちゃんと約束通り、何でもひとつボクのいう事聞いてくれるでしょ?」
「そんな約束、した覚えはない」
「明日、学校休みでしょ。だから駅に8時に待ってるから」
「人の話を聞けっ!アルフォンス・エルリック!!」
「行くのは『アメストリス三ツ木ランド』だから。服装もカジュアルにしてね」

にこやかに笑い、そして楽しそうにしている。
金の髪を短く刈り、大きな同じく金の瞳を持った少年。
温厚でどちらかというと、おっとりとした印象がある。
頭脳も倫理だけでなく、全科目が好成績で超難関と言われる進学校にもかかわらず学年でもトップクラスの秀才なのだ。
頭はいい。
なのに…何故かまったく人の話を聞かない。


初めて訪れたのは高校へ入学した当初、この社会科室に訪問した。
いきなりやって来て、

「先生!ボク、入学できました!!」

と叫ぶようにやってきた。
スカーとしては面識がなく、驚いた顔で眉をひそめるだけでその生徒の顔を見つめた。
やはり見覚えがない。
報告されるような仲でもない新入生の訪問に疑問符が頭の中を駆け回るだけだった。

「…え、もしかして…憶えていないですか?ボクの事…」
「すまぬ…。忘れているようだ。面接等で何かあったのか?」
「いいえ。そうか、憶えてなかったか。そりゃそうか、時間にしたらわずか5分たらずだもんね。ごめんなさい、先生。驚かせてしまって…」
「いや…」

あまりにも寂しそうに笑うので、思わず『思い出した』と言いたくなったが、嘘はいけないと言葉を飲み込んだ。
そしてさよならと社会科室の扉を静かに閉める。
嵐のように現れて、嵐のように去っていった。
あとから知ったのだが、その生徒は在校生で問題児のエドワード・エルリックの弟で今年入学した生徒だった。
やはり見た覚えも、話した記憶もスカーにはなかった。
しかし、その後もたまにふらりと社会科室に現れては、何をする訳でもなく滞在していく。
気が付けば入り浸っていて、来ない日はない位になっていた。


「スカー先生って、いつもつまらなさそうな顔してますよね。そんなにつまらないですか?」
「そんな事はない」
「でも眉間にしわが寄ってて、怖い顔してるし。もしかしてボクがご迷惑かけてる?」
「いや、迷惑ではない」
「じゃあ、来てもいいんですね?よかった」

にっこりと人好きにされる笑顔で笑う。
この生徒はクラスで委員長の任も任され人気があり、普段の素行も優秀で先生方の評判も良い。
なのに、いつもむっつりとしてあえていうなら『人気』のある先生でもない自分の所へ遊びに来るのかがわからなかった。
楽しい話をする訳でも、お茶やお菓子を出してやるでもない。
だから、なんのメリットも無いだろうに。
掴みようのない生徒だった。
その少年が1学期のテスト前に勝手に言いだしたのが、先ほどの約束だ。
『満点を取ったら、スカー先生が自分のいう事を一つきく』
という、幼い約束。
それを承諾した覚えもない。
なのに勝手にそれを有効にして、要求を突き付けたのだ。
こんな事なら、テストに難癖をつけて99点にすればよかったと後悔する。


「明日の天気、いいといいなァ」
「俺は行くとは言ってない」
「いいですよ、勝手に待ってるから」

アルフォンスはカバンからアメを取りだし口に入れた。
室内に甘いイチゴの香りがする。

「先生も要りますか?アメとかあんまり好きじゃなかったんだけど、今は手離せなくらいなんですよね」

学校内に必要の無い物を持ってくることを諫めなくてはならないだろうが、スカーは気にしなかった。
それよりも、この生徒が本気で明日駅で自分を待っているのかどうか、疑っている。
もしもただのからかいだったならば、目も当てられぬほどマヌケだろう。
そこに校内アナウンスのチャイムが鳴り、聞きなれた声がする。

「おいアルフォンス!生徒会の仕事終わったから帰るぞ」

この声は一つ上の学年の兄エドワードだ。
学校内に知らぬものが居ない位の有名人で、生徒会役員にして超問題児。
頭脳の出来は良すぎるくらいで、また極度のブラコンとしても有名だ。
校内放送にもかかわらず、私用で使って弟を呼び出すくらいは朝飯前なのだから。

「兄さんたらメールで連絡くれればいいのにさ。もう恥ずかしいな…」

そういいつつも下校を兄とするのを辞めようとしないあたり、この弟もブラコンなのだとスカーは思っていた。
その何とかランドには兄と行けばいい…と言おうとした。

「じゃあね、先生。明日、楽しみに待ってるから」
「俺は行かぬぞ」

小さく手を振り、社会科室の扉を閉めるアルフォンス。
そう叫んでみても、彼にちゃんと届いたか疑問であった。


***


スカーは朝はいつも早めに起きる。
己を鍛える事は、精神を鍛える事として朝の日課である鍛錬を行う。
寡黙でストイックであるがために、同じ教師たちとも馴染めずにいた。
それを寂しいとも、馴れあわなくてはとも考えていない。
もともと学業の科目としても人気がある方でもなく、生徒からも疎遠にされる方が多かった。
与えられた仕事を黙々とこなして、起伏のない平凡な生活を送っていた。
そこに来た嵐の様な少年の行動。
兄とはまったく風貌も雰囲気も違うが、内面的な行動力は変わらないのだろう。
それだけ厄介な人物でもある。

ちらちらと時計を見るとまもなく8時になろうとしていた。
今から出たとしても、20分はかかる。
本当にアルフォンス・エルリックは駅前に立っているのだろうか?
居なかったら自分が笑われて、居たら…来ないと思って帰るだろう。
いや、もしも待っていたら、帰るタイミングを失って待ち続けてしまったとしたらどうするだろう。
そう思うと落ち着かない気分になってくる。

「…ふん、駅前のパンでも買ってくるか。そのついでに、居るかどうか見に行ってやらなくもない」

と独り言をつぶやいて、家を後にした。


時刻は8時15分。
気が付けばいつもよりも歩く速度が速かったようだ。
駅前のパン屋はもう開いていて、美味しそうな香りが漂っていた。
その甘い香りの中、ひとりたたずむ少年が居た。
アルフォンス・エルリックだ。
周りの女性のみならず、通りかかる者全ての視線を浴びているとも知らずにまっすぐ前を向いて。
声を掛けるのをためらわれたが、そのまま放っておいても可哀そうだと

「待っても無駄だ。帰りなさい」

と告げる為に近づいて行った。
すすすっと、自分を避けるように人が道を譲る。
強面のスカーにとって馴れた事だった。
そして、アルフォンスに近づくと声を掛ける前に気が付いたようだ。
不安げな顔が一気に赤みをさし笑顔に変わる。
一瞬、見惚れる程のその笑顔に声が出なかった。

「スカー先生っ!来てくれたんですね!!よかったァ、来ないんじゃないかってずうっとドキドキしてたんです」
「エルリック…待っていても無…」
「うわ、感動だ。一緒に行けるなんて思わなかったから。勇気出して誘ってみてよかった」
「人の話を聞け…。俺は行かな…」
「さあ、行きましょう!早く早くっ!!」

いきなり手を握り、駅の改札へと引っ張っていく。
周りの驚いたような顔はまるっと無視して、アルフォンスは嬉しそうに歩き出した。
まさか、この可愛らしい顔した少年が待っていたのがこんないかつい大男だとは誰も想像できなかったのであろう。
その後、一生懸命スカーが

「俺はパンを、パンを買いに…おい、話を聞けっ!」

といくら言ってもアルフォンスの耳には届かなかった。