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太平洋戦争の時代、私の母方の祖父は25歳の時招集されてマレーシアに出兵していきました。
子供が3人いて末っ子の母はまだ赤ん坊だったといいます。
それから2年後、夜 祖母(と言ってもまだ25歳)が縁側の向こうを見るとマレーシアにいるはずの祖父が立っていたそうです。
「いつ帰ってきたんです。」と声をかけたらそのままいなくなってしまい、
その後、祖父がマレーシアで戦病死したという通知と石が一個送られてきたそうです。
享年27
祖父は今、靖国に眠っています。

「靖国に祀られるのはそんなにいけないことなのかねぇ」
テレビで「靖国問題」が取り上げられるたびに祖母は目をそらします。
年老いた祖母は政治的な駆け引きは理解出来ません。
私だってわかりません。
死んでなお外交カードとしてつかわれる祖父を思うとやるせない気持ちになるだけです。
わからないまま、それでも祖父は靖国にいるからと桜の季節になると忠霊塔から靖国に向かって祈るのです。

祖母が亡くなったのはいまから十何年前になるでしょうか。
歳をとり、ゆっくりとよわっていって、いろんなことがわからなくなって
それでも死の間際「むかえにきてくれたんですねぇ」といってこときれました。

今年も桜が咲く季節がきました。
祖母は祖父と会えたのでしょうか。